vol.009 健康局 藤原さん&県OG保健師 濱口さん「受話器の先の暮らしに向き合う 」

コールセンターと聞くと、どうしても身構えてしまいます。「苦情もあるやろうし大変やろな」。そういうイメージがありましたが、実際のところ、不満や不安で始まった電話が“ありがとう”で終わることがあるらしい。

「新型コロナウイルス感染症 24時間コールセンター」を担当する健康局参事兼健康増進課課長の藤原惠美子さんにコールセンターの運営について、電話口ではどんなやり取りがなされているのかを、相談員で県OG保健師の濱口清子さんに聞きました。

 

コールセンター設置の変遷

清水 電話相談は回線が増えたりと、いろいろ変わっていったんですよね。
藤原 そもそもは、平成21年の新型インフルエンザが流行した後に、行動計画として「感染症が起きたら、24時間対応のコールセンターを作る」という方針を決めていました。今回、電話相談窓口のスタートは1月末。1回線で疾病対策課と健康増進課で24時間対応で電話を受けていたのがはじまりです。その後、相談件数どんどん増えてきて、2月末にはコールセンターとして部屋を確保して4回線に、緊急事態宣言の発令直後の4月10日に6回線に増えていきました。
清水 相談員はどういう方がされているんですか。
藤原 これまで、県看護協会に「災害が起こった時は相談員の派遣、お願いします」とお声がけしていたので看護協会の方と、県のOG保健師さんたち、それでも足りないので、看護系大学の教員のみなさんなど、看護職が全部で140人以上と、あと県庁の職員さんにも応援で入ってもらっています。

コールセンターの様子

 

政策も補助金も全部の電話がここ。
「答えたくとも…」。看護職としての葛藤が。

藤原 緊急事態宣言後、電話番号が「予防・検査に関する相談(24時間コールセンターがこれにあたる)」と「緊急事態措置の相談」、「経営継続に関する相談」と分けられて、みなさんに案内もされていったんですが、それまでは「全ての相談がここ!」と思われてしまっていて…。感染症にまつわるものは看護職の得意分野なのでいいんですけど、一番困ったのが「県の政策としてどんなことするんですか」とか「マスクが手に入らへん、どうしてくれるんや」とか「学校は再開していいのか」とか専門外の相談でした。
清水 答えられることにも限界がありますよね。
藤原 やっぱり、今は情報があふれているので、電話をかけてこられる人はすごい情報に敏感なんですね。対策本部の事務局が隣接しているので、県の発表資料や対策本部の会議資料をまわしてもらって県の動き全体を知って電話対応するんですが、「国のこと、他府県のこと…どこまで情報をもっとかないといけないのか」と感じますね。
清水 日々、情報も更新されますしね。
藤原 国が、県が、何かを発表すると、もう、すぐに電話が鳴ります。なので、「今日は記者会見が何時からある」ってなると、それも見とかなあかんし、心構えをするんです。よく聞かれる質問などは質問表にして共有して、感染者の状況や国の情報は紙に落としたり、壁に貼ったりして情報共有もしています。相談員さん同士、よく情報交換してくださってますよ。

コールセンターの壁面。「よくある質問」を相談員の見える位置に貼る。

清水 多い時でどれくらいの相談件数があるんですか。
藤原 週単位で見ると、3月第4週で約2000件、ピークは4月第3週で約3900件。4月第5週目以降は徐々に減っていっています。一番多い相談が「体調が悪いまたは不安」というもので、こういった相談は5月末までに約15,000件ほどありました。

 

「ぼくは大事な人に絶対にうつしたくないんです」

清水 濱口さんは、これまでこういった相談業務はされたことがあるんですか。
濱口 健康相談自体は保健師業務の一環ですが、私は、4月1日からここに来て、来たとたんに、1日ひとり80件くらいの電話を受けることになって、びっくりしました。「県内の学校を再開するかしないか」の報道があった時も相談数がすごかったんです。当然、苦言も多かったんですけど、私、すごい感動したことがあって。
清水 感動…ですか。
濱口 中学生の男の子から電話がかかってきて、声は弱々しくって、多分、こういう相談初めてだったと思うんです。「ぼくは、両親が亡くなってから祖父母に育てられているんです。若い人は無症状でうつすって聞いているけど、ぼくを一生懸命育ててくれているおじいちゃんおばあちゃんへうつしてしまうんじゃないか。ぼくは、大事な人に絶対にうつしたくないんです。僕が学校に行ってもいいんですか。」って言うんです。その話を聞いてたら、胸がいっぱいになって。「若い人がうつしてしまう」っていうのを知って、若い人なりにすっごく苦しんでたんやなぁと。
清水 へぇ、そういった相談も。
濱口 そういう時に、やっぱり「子どもたちの心のケアって要るな」と思うんですね。阪神・淡路の時も、家を無くしたり、借金背負いこんだり、仕事辞めたりっていう状況が続きましたよね。その時の親の心理が、子どもにみんな影響してたんです。そういったことを仮設住宅での聞き取り調査で感じてましたから。今、子どもたちも周りの状況を見て、感じて苦しんでる-それは、あの時と一緒やなと思うんです。

 

「阪神・淡路のあの時は…」、その一言で

濱口 私は25年前、ほんまに必死に行政のなかで仕事してて…。看護協会の社屋が倒壊して機能できなかったので、県立看護大学に置かれた看護協会の事務局と一緒に救援活動をしてましたね。当時、仮設住宅で行った健康対策や生活再建の支援の経験は、保健師として生涯忘れることのない学びになったと感じてます。
清水 相当なご経験ですよね。
濱口 行政、民間団体、看護系の教育機関、この三者が協働する仕組みができたのもこの時です。阪神・淡路以降、大きな災害が起こると、三者協働で全国の被災地へ、保健師・看護師を派遣していますよね。私も県OG保健師として東日本大震災の被災地へ行きました。現職の時はもちろん今も、「兵庫県が何か困ってる!」とあったら、「なら、行かなあかん」って。専門職の血が騒いでしまうんですかね。
清水 経験者としてじっとしておれないと。

濱口 実は、とってもお話したいことがあって。今日あった相談で、「夫婦どっちも気管支ぜんそくがあるんやけど、家に車がないので、もし夜中にぜんそくが起こったらどうしようかと。もう、コロナうつになりそうです」とおっしゃるんです。救急車とか、もしものことばっかり考えておられると。でも、お話を聞いてたら、阪神・淡路のことがでてきたんで、「私も阪神・淡路でいろいろ経験しましたよ」って、その一言言うただけやのに、「まぁ!あの時の話で共感してくださる方がいるなんて」って喜んでくださったんです。「あの時は、すごい助け合いましたよね。怖かったことも生活の不安も、みんなでしゃべり合って。今は、テレビなんか見てても、情報が溢れていて…報道のされ方にも『どうかな』って思うところもあったりします」って、そんな話までされて。
清水 同じ時を経験して、なんかうれしい気持ちだったんですね。
濱口 電話の最後に、「コールセンターの人も県の人も大変だと思います。どうぞ、お体を労ってくださいね」って、こっちを思いやってくださるんです。そういう、“お互いを思いやって”というのも阪神・淡路の時と同じやなぁと。

 

受話器の先の暮らしに向き合う

左から濱口さん、藤原さん

 

濱口 今、「経済活動を戻そう」とか「暮らしも成り立たせていかな」とか盛んに言われてますけど、電話してたら「この人はこういう暮らししてるんやろな」っていうのがすぐ分かる。私たちはその方が困っている問題に絡めて相談にのらないといけないなと。
藤原 健康上の症状だけ、聞くんでなくて、暮らしであったり、どんなことを考えてるとか、そういうことも含めて聞いてくださるんですね、保健師って。看護師さんは看護師さんで病態から入って、そこはきっちり体の状態を把握してくださるし。
濱口 保健師は、ずっと生活支援をやってきてる職業ですから、その人の暮らしのなかから解決策を見つけていくんですよね。
清水 単に情報を案内しているんではないんですね。

濱口 こんなこともありましたよ。「患者情報の発表が、『〇〇健康福祉事務所管内』になっているのは、なんでですか。身近な情報がいるのに、これじゃあ分からない」っていう電話で。最初は「お叱りかな」と思ったんですけど、こちらから「でも、あまりに個人情報が公表されたら、どうですか。今、その方たちがコロナで中傷されて苦しんでらっしゃいますよね」って言うんです。すると、すごく分かってくださって。「そういう意味があったんですか」「そこまで配慮されてるデータなんですね」って、言うてもらった時はうれしかったです。
清水 それは、濱口さんの説明のされ方に依るところも…
濱口 年取ってますからね(笑)。

相談内容は相談員がメモをとる。記録として蓄積されていく。

藤原 相談や意見の、その背景の気持ちを聞いていったら、ちがうところに原因があったり、誤った認識をされているだけだったり、これからのことを指導していったりもするので。まず、相談は“受容”から入る。はじめは、苦情でも、その苦情をいい方にもっていったら、「ありがとうございました」で終わることもあるし。そこは経験ですね。
清水 お互いに顔は見ていないけど、1対1で向き合っているんですね。
藤原 一応マニュアルはあるんです。「海外から帰国したか」とか。でも、ただ順番に質問聞いていっても、全然人間関係は作れないですよね。
濱口 これだけ情報があふれている世の中なのに、「電話かけて聞いてみよう」というのには、やっぱり何かあるんですよね、きっと。私、思いますわ。それなのに「HPのどこそこに書いてありますから見てください」と事務的に返したら、不満感が生まれますよね。「そんな一般論、分かっとう!」って。

濱口 今日の「コロナうつになりそうです」言うてきた方も、きっとその方にはお友達がいらっしゃるんでしょうけど、今、自粛で会えないですよね。誰かに話して共感してもらったら、気持ちがちがうんですよね。今日の電話で久しぶりに、「誰かに共感してもらえた」と思ってもらえたのかなって。
藤原 コールセンターは“振り分け”ではなくって、気持ちを聞いて寄り添う。予防の指導もしながら、これからのコロナ社会にいい風に働きかけできていけば。それがコールセンターの役割でしょうか。

 

コールセンターの課題、阪神・淡路の経験。
次につなげていく。

濱口 若い人にあんまり言うのも…と思いながら言わせてもらうと、私は、「公務員として蓄積したことを今度は社会に貢献していく公務員であれ」っていうのがずっと心にあって。それで、定年後もずっと社会活動してきてますね。「震災で受けた恩は絶対返そう」ってみんなで言うてきて。私は、「兵庫県は震災以降の経験が脈々と受け継がれているんや」と思うの。で、その時、その時でみな、精一杯なんやけど、経験したことは、やっぱりつないでいかなあかんのですね。「何かやったことは無駄なことはひとつもないから、次につなげていく策を考えていかなあかんな」と。
藤原 なので、次は第2波への備えですね。みなさんには、予防の知識を得てもらって、で、正しい予防法が広がっていけばと思います。

 

清水 一旦落ち着いてきた今、見えてくることはありますか。
藤原 マンパワーの確保をどうしようかということですね。今は、看護協会、県OG保健師、大学の教員、県事務職が入ってくれていますが、次もこれだけ集まってくれるか分からないので、今のうちに、例えば、有事に向けた保健師さんのネットワークを強化するとか、在宅看護師さんの掘り起こしとか、何かあれば、すぐに手伝ってもらえるような仕組みを作るとかしとかないといけないですね。
清水 なるほど。
藤原 あと、電話回線をもっと増やすべきだったのか、そこも考えていきたいです。それから、医療機関と連絡し合っている健康福祉事務所の窓口が夜間休日の対応がないので、医療機関からの相談もここにかかってくるんです。「疑わしい患者さんに、PCR検査を受けてもらいたいけど、どうしたらいいか」とか、消防署から「緊急搬送のこの方を一般の病院に送ってもいいか」とかです。医療機関や消防署の相談窓口は別にすべきではないかと感じています。

 

これまで24時間コールセンターに寄せられた相談は約3万件。怒りや不安がおさまらなかった相談も当然あるでしょう。しかし、濱口さんのように、震災で培った寄り添い方で、電話の向こうに安心を届けている相談員さんがいらっしゃるのも事実です。今回、言葉では表現できないのが私は悔しいんですが、藤原さん、濱口さんお二人の話し方がほんとうに穏やかで…。底しれない経験値がにじみ出ているように感じました。

 

取材 兵庫県広報専門員 清水奈緒美

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