vol.023 明石工業高等専門学校准教授 荒川裕紀さん 「信じるとは。祭りや祭礼がある意味とは」

“ふるさとの記憶”。
その言葉で思い浮かぶ場面があります。
夏、三番叟を練習する笛と拍子木の音を遠くに聞きながら宿題をしていたこと、子ども会行事で初めて赤い口紅を塗ってもらってなんともうれしい気持ちになったこと。
コロナ禍で、祭りや神事が軒並み中止となるなかでも、伝統行事を途絶えさせないために、神社と地域のみなさんは何を話し合いどう結論したのか。西宮神社の祭礼行事を研究する文化人類学者の荒川さんに聞きました。

 

「御神輿はほとんど担げなかったけど・・・」。
昨年の「西宮まつり」開催から見えたことは

西宮神社の大きな祭礼行事といえば、9月の「西宮まつり」と、福男選びで有名な1月の「開門神事」です。昨年の西宮祭りは、西宮市外からの参加数を減らし、時代行列や船渡御などの神事は社会的距離を取り実施。福男選びは参加者を抽選制にしたうえで催行する予定だったものの、感染拡大により中止し、神事のみが行われたそうです。

清水 祭礼行事を「今年はするのか」「しないのか」。どういう風にして決定されていたんですか。
荒川 西宮神社の祭礼においては、神社がしっかりイニシアチブを持っておられまして、コロナ禍の祭礼行事についても、氏子さんの意見も取り入れながら最終決定は神社がなされました。
清水 へぇ。そういう決定のプロセスなんですね。
荒川 はい。昨年4月の緊急事態宣言で「中止にしようか」「延期にしようか」という動きもあったんですけど、8月の終わりくらいから感染者数が減ってきていたこともあって、最終的に秋の例大祭である、西宮まつりは実施することになりました。ただし、3日間の行事は1日に短縮して、参加人数と船渡御の船の数も減らし、ソーシャルディスタンスをとって催行しましょうという流れになりました。

 

清水 だいぶ前年とは形を変えての実施でしたが、どうでした。
荒川 調査の一環で地元の方にも聞いてみたら、「御神輿を、長い距離担ぐこともできなかったけど、毎年やる事に意味がある」と言われていました。地域社会にとっても意味は大きかったんだろうと思います。
清水 「毎年やることに意味がある」って、言葉そのままそうだと思うんですけど、きっとちゃんと神様と向きあって、自分たちの中でまた一区切りしていくんですよね。決して経済的な意味でされているのではないんだろうなと。
荒川 経済的な意味はなくって、なんていうんでしょうかね・・・「みなさんのつながり、地域の紐帯を再確認し合える場として機能している」と思います。
清水 なるほど。
荒川 主体は神社なんですけど、やっぱり地域の多くの方々が関わっているので。西宮まつりの特徴でもある、海上船渡御(ふなとぎょ)において、船上で奉納される人形浄瑠璃も、例年では「淡路人形芸舞組」の方々と、西宮で活動されている「人形芝居えびす座」の共演でした。しかし、昨年度は人形芝居えびす座の方々のみが乗船され、傀儡舞(くぐつまい)を実施されました。

(撮影 荒川裕紀)

 

荒川  海上船渡御では毎年「かざまつり」が実施されます。この祭りは本来、9月の二百十日辺りに多く上陸する台風の被害を抑えるためのものなんですけど、昨年のえびす座の方々の傀儡舞では、「コロナ平癒」「疫病平癒」といった、少し異なる意味合いを付加されていました。これは象徴的だったと思います。
清水 「形を少し変えてやる」ってかなり貴重で、こういう時だからこそ、なくならせてはいけないのかもしれないですね。今年の祇園祭りも神事だけされましたが、他の祭礼にも少なからず影響を与えているんじゃないですか。
荒川 西宮神社が先駆けで決行しましたのでね。昨年は、例えば、浅草の三社祭(2020年10月に延期実施)は規模を縮小して行われました。このように去年に関しては日本全国を見た場合、多くの祭礼が軒並み中止、中止だったので、祭礼をするということ自体、昨年は少数派でした。しかし、それを継続・実施することができたというのは意味として非常に大きかった。

清水 なんで、西宮神社は行うことができたんでしょうか。
荒川 地域の声を反映した上での神社の一存があったのと、幸いにも感染者が減少していた時期だったのが大きいです。船を出す「海上船渡御」って、規模的に大々的な祭事なので、「どういう風に行われるか」との社会的な注目度も高くて、広範に報道していただけたと感じます。偶然でしょうが、諸要因が重なり奏功したのは、さすが、福の神えびす様なのだなと。

 

“イベント”の意味合いが強ければ
世間の見方もちがったのかもしれません

2021年の開門神事の様子(撮影 開門神事講社)

清水 1月の開門神事はどうでしたか。
荒川 神社としては、参加者の公募抽選の直前まで準備されていたのですが、結局、感染状況の悪化もあり、「福男選び」は実施しないことになりました。ただ、安土桃山時代からあるこの門は、毎日開閉されている門です。十日戎の最大の神事である、午前4時に斎行されるの忌籠(いごもり)神事の後で、「開門神事」は実施されました。ただ、開門するだけのままでは開門後に自然と一般の参加者によって密を生み出した状態での競走となってしまう恐れもあったので、開門神事講社の講員が最前列を歩いて徒歩参拝をする形で実行されました。当日も参拝客で400~500人ほど来られていたかと思いますが、みなさん例年とは違い、開門神事講社に倣って、歩いて参拝されました。
清水 すごい画期的なことされてますよね。
荒川 そうですね。しかし、ニュースになった後、インターネット上では、徒歩参拝においてもソーシャルディスタンスを心配されているコメントはありました。
清水 荒川先生、ニュースのコメント欄、読まれるんですね。
荒川 どんなことが書かれているのか、読みますね。でも、ヤフニュースのコメントやTwitterでも、そこまで悪意を持ったものは少なかったと感じます。単なるイベントであったなら、そうはいかないのではないかと。長年継続されてきた、地域社会における「神様ごと」ということで納得していただいて、西宮らしい、次の新しい日常における祭礼実施モデルの一提案になったのではないかと思います。もちろんこれからもトライアンドエラーといった、再考と実施を続けていかなければなりませんが。

清水 対策をしながら、マインドを上手く持っていって、それこそ、一生に何度かしかできない卒業式とかのセレモニーは、ぜひしていってほしいなと思います。
荒川 大学の卒業式でも「実施しない」とか、実施するとしても、オンラインでやるところも増えています。セレモニーという、人生の通過儀礼に近いものは、実施することによって社会が締まる機能がある訳ですし。まさに柳田国男が提唱した「ハレとケ」ですよね。ハレ(非日常)があるから、ケ(日常)である社会が順調に回っていくという。ただ、コロナウィルス感染症というパンデミックの中では、リアルでの実施はなかなか難しくなっていますね。
清水 本当むずかしいですよね。一例でも感染の拡大が出てしまえば、社会の風潮ってコロッと変わってしまいますし。

 

そして、緊急事態宣言下で実施された
今年の「西宮まつり」は

通例であれば、
[初日:宵宮祭]宵宮祭
[2日目:例祭]例祭、稚児行列、みこし巡行など
[3日目:渡御祭]渡御本殿祭が予定されていましたが、今年は本殿にて行われる神事のみが神職と代表参列者にて催行されました。

 

 

昨年より一段と規模を縮小した今年の例祭について、西宮神社禰宜の吉井良迪さんは、「率直には残念な気持ちですが、昔から続いている祭りですので、形は変わっても神事は催行したい…えびす様の御霊をおなぐさめしたいという思いで催行しました」。

 

 

大学生の時、福男選びに初参加。何かが変わった

西宮神社の氏子地域で育った荒川さん。七五三参り、初詣に十日戎・・・と、節目節目にはいつも西宮神社の存在がありました。
荒川さんと西宮神社との関わり方を大きく変えたのが、高校生の時に初めて知った開門神事だったそうです。

荒川 高校3年生の時、大学受験の前だったんですけど、3学期だったこともあり、学校が早く終わって夕方にテレビを観ていたら、福男選びの行事をしていることを知りまして、「近くでこんなお祭りがあるんだ」と衝撃を受けました。「どんなものか」と、まず参加して走ってみたのが翌年の1997年で、それから研究での参与観察も含め通算8回走りました。
清水 ちなみに、福男に選ばれたことは…。
荒川 ……。ないですね。門が開いて第1コーナーに差し掛かるまで2番だったことはあるんですが。でも、福男にならなくても例えようのない高揚感がありました。何度もリピートして参加している人に聞くと、同じように「門が開いた瞬間に別世界が現われる」っておっしゃるんです。「門」って非常におもしろくて、開門という動作によって、ケからハレ、つまり日常が非日常になる瞬間を作り出せる装置なんですよね。
清水 なるほど、門って、そうですね、儀式的な意味が。
荒川 門がない神社もある中、西宮神社には慶長年間に豊臣秀頼から寄進されたという表大門(おもてだいもん)がある。これは、大きいですね。で、大学では社会学科に進んで、ゼミの研究で西宮神社を含む阪神間の文化を調べることとなり、そこからは研究対象として西宮神社の祭礼に本格的に関わるようになりました。2002年に大阪府の私立高校の教員になってからもそれは継続していました。2008年に北九州高専に赴任してからは、地理的には遠くはなったのですが、極力、参与観察を主とした調査は続けてきました。2008年12月に正式に神社の講社として「開門神事講社」が設立されました。そのこともあって、現在では、研究は続けながらも、講社理事としてこの祭礼に関わっています。

 

香美町と西宮神社の意外なつながりが判明!

荒川 清水さんは、ずっと兵庫県ですか?
清水 えーっと、私は、生まれは香美町なんですよ。
荒川 あ、そうなんですか!実は、香住には福男に選ばれた方がいらっしゃるんですよ!!西上さんという方で。
清水 え、そうなんですか。
荒川 もともと、香住と西宮ってつながりがありまして、香住で漁業をされている方で西宮神社に参拝に来られる方って多いんです。えびす神は元々は漁業神であることもあり、香住もえびす信仰が強い地域なんです。特に私は、「香住の漁業関係者の方が、福男選びを神事にした」と言っていまして。
清水 どういうことですか。
荒川 今はこうして一大イベントになっている開門神事は、大正時代から現在の形に近くなって、以降続いていくのですが、昭和50年代に一度廃れかけているんですよね。高度経済成長時代に、県内北部、徳島、和歌山とか、いろいろな地域からの参拝客は増えて、その賑わい自体はメディアによって大きく報道されるものの、主に地域の人が参加していた開門競走自体は当時興味が持たれなくなっていたのか、新聞上での扱いも小さいものになっていました。そんな中で、香住の漁師の方々や魚介類の加工組合の方々が、昇殿する正式参拝をされ、福男選びで一番を目指されたんです。足の速い人に参加させたりして。
清水 ほんとですか、それ。
荒川 はい。で、1979年に、香住で加工業を営んでおられる西上さんが福男、一番福になられるんです。当時は組合の代表者のひとりとして参加したので、その福は組合に。2回目、翌年に参加した時にも一番福になられたんですけど、それは家族の福に、さらに次の年に3回目の参加をしようとした時に、お父さんから「くり返し福男に選ばれるなんて、こんな幸せな福男はいない。だから、今度は人に福を与えることが、えびす信仰なんじゃないか」って参加を止められたんです。
清水 へぇ。
荒川 競走という意味合いが強かった「福男競走」をそういう風に大事にされたことで、イベントに信仰心がのせられた。その流れを作ってくださったと思っています。兵庫は五国と言われて、地域色がちがいますけど、つながっているところもありますよね。えびす信仰も、西宮のある摂津、淡路、播磨、丹波、但馬全てにありますし。私の勤務する明石市の明石浦のあたりには、えびす様の祠がたくさんありますよ。摂津・丹波・丹波の境目にある三田市の西宮神社三田分社から西宮神社に、毎年十日戎に「逆さ門松」が奉納されていたりもします。

 

信じるとは。
祭りや祭礼がある意味とは

清水 荒川先生は、「コロナ禍で祭礼がどうやって行われるか」、どういう気持ちで記録に残されているんですか。
荒川 「コロナ禍であってもやり続けるのか」「他の方法でするのか」。しっかり記録に残すことで、大きな災難が起きた時に対応できるノウハウを蓄積できるのではないかなと思っています。1000年、2000年経った時に「こういうやり方で継承されたんだ」と。
清水 なるほど。
荒川 祭礼というのは、「地域のつながりとか、社会のつながりをしっかりつなぎとめるもの」という役割が非常にあります。もしそれがなくなってしまったら、ポストコロナになった際、地域にとってダメージになるんじゃないかと思うのです。すぐにそのダメージが出なかったとしても、遅効的にそういうことは出てくると。だから、地域がずっと元気であるために、祭礼があるのではないかなと思っていますし、それを実行することによって学生とも共有してきたいです。
清水 目に見えないところの遺産ですよね。
荒川 それをアーカイブとして残すことが私にできることです。

 

清水 私は最近、地域のお祭りとか含めて、和のことにすごく興味が出てきて。「なんで、お祭りに行ったり、神社に参ったりするのかな」って思ってたんですけど、「一番、自分が日本人だなと感じる瞬間だからかな」と思うようになって。そのことはそれまで無意識だったんですが。無意識で、日本人であることを再確認しに行ってるのかなって。
荒川 おもしろい考え方ですね。でも、そうですね、「随神(かんながら)の道」と言いますか、日本人が培ってきた自然との関わり方が凝縮しているのがお宮さんだと思います。祭礼などに参加することで、「我々が所属する地域社会とは、そして国家とは何なのか」を体感して、五感でもって考えることは大切だと思います。
清水 そうですね。

荒川 「なんで人類学を研究しようと思ったのか」というと、高校の時に1年間アメリカのジョージア州に留学していたことが大きいです。渡米中に阪神・淡路大震災が起きまして、ニューヨークタイムズの3面記事に、実家のすぐ近くの阪急電車の高架が倒壊した写真が大きく出ていたりもしました。私、実家も全壊し、友人も亡くしているんですが、それに対してキリスト教徒の知人は「お悔やみ申し上げます。その人は神の計画で天に召されることとなった」って言うんです。友人は二段ベッドが落ちてきて亡くなったので、「それでも神の計画なのか?!」と、私としては解せないものがあったんですが、「じゃぁ、あなたの宗教観とか日本古来の宗教ではどう解釈するんだ?」と尋ねられた際に、答えられなかった…。
清水 なるほど。
荒川 なので、日本にいる人たちが、この文化、歴史、社会のなかで何を思って、何を感じて生きているのかを伝えたい。誇りをもって伝えたい。そこが出発点です。

荒川 明石高専は全国にある51国立高専の中で、2校のみ採択されている「グローバルパイロット高専」なので、将来、世界に出ていくことに主眼を置いた教育がいくつか実施されています。私としては、学生たちが言語取得やグローバルに通用する先進技術を学び、研究することと同様に、彼らが海外に出ていった時に、先ほどお話ししたようなマインドを持っていてほしいと願っています。海外の素晴らしいところは吸収していったらいいですが、「自分のアインデンティティをちゃんと語れる人になってください」と。文化的多様性のある兵庫県にいる学生だからこそ、「自らの文化とは何なのだ」というのを語れるようにと。
清水 それは、本当に必要だと思います。明石高専…いいカリキュラムですね(笑)
荒川 学生もここ5年以上、西宮神社の祭礼行事に参加して調査してくれていまして、警備や福男選びの記録に関する奉仕に20人くらいの学生が来てくれています。工学系の高専生が、祭礼とか、文化人類学の調査の奉仕実践をすることって、全国でも珍しいんです。
清水 へぇ、そうなんですね。
荒川 特に昨年、コロナ禍という非常時の祭礼に関わることができたのは、単なる彼らの思い出作りで終わるのではなくて、この先につながっていくんじゃないかなとも思っています。また、学生には、祭礼行事実施における正式な場面以外にも、例えば、私が神社や地域の方々とお酒を飲み交わしながら、「(祭礼行事)するのか」「せえへんのか」といった激論を交わしている現場までも見てもらっています(笑)。そういったインフォーマルなところも学んでほしいです。
清水 分かります、人間関係とか(笑)。まさに社会のなかで学ぶ社会学ですね。
荒川 やっぱり学校だけで学びは完結しないと思います。実地で学んでほしいですね。特に、工学のエンジニアは「現場の声、温度感が分からない」とならいように、学生の時に、頭で理解したこと以上に、社会のなかで身体的に経験したものを持って、世に出てほしい。その上で、例えば、彼らが企業や地方行政、または国の省庁に入った際、地域のことを考えて道路を作ったり、神様の杜、ひいては地域の人が大切にしてきた考え方などを十分に考慮した都市計画を立案したり、地域経済活性化のための、ものづくりを進めるようになってくれたりしたら、さらに面白いだろうなと思っています。

 

 

緊急事態宣言下で行われた、西宮神社「渡御本殿祭」。境内に入ると、「あ、この空気」。澄んでいる、けれでも、どこかで「誰かに見られているような」感覚を覚えます。今年は、人の集まる祭礼行事こそありませんでしたが、それでも、この日には、御神輿を修繕するために地域の方が神社にいらっしゃっていたりと、この祭りが大事なものであることを伺い知ることができます。
幼い頃、三番叟を聞いていた夏の夜も、初めて大人の口紅を塗ってもらったあの瞬間も、もしかすると、あれは私のなかの通過儀礼だったのでしょうか。それらに名前はないですが、笛と鼓の音色のある国に生まれたことを認識した儀礼、子どもから少女への変身を初めて感じた儀礼。
そして、その「ハレ」の記憶は、大人になってようやく色濃く思い出される、ふるさと香住の記憶でもある。これが、荒川さんの言うところの「祭礼の遅効性」というものなのでしょうか。

 

2020年実施「ポストコロナ社会における都市祭礼の在り方に関する実証研究」には「ポストコロナ社会の具体化に向けた補助事業(兵庫県)」が活用されています。

 

取材 兵庫県広報専門員 清水奈緒美

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