vol.024 声楽家 内藤里美さん「『必要とされている』と思うから」

コロナ禍でさまざまなコンサートが非開催となり、音楽家も活動自粛を余儀なくされました。とりわけ、声を発する声楽家には、徹底した飛沫対策が求められるのはもちろん、「楽器演奏の公演は再開できても歌は…」と、オファーそのものに二の足を踏まれることも。
内藤さんに、コロナ禍の合唱練習と音楽家の胸の内を聞きました。

 

 

演奏の配信。興味を持ってくださる方が増えてたらうれしいですが…

清水 一昨年の2020年、「つながろうアート!」のシリーズでYouTube公開された動画のひとつに内藤さん、ご出演されていましたね!内藤さんの歌声、聞きました。
内藤 ありがとうございます。
清水 「コロナ禍でできること」として制作された動画でしたが、プロの方の歌声ってそう聞けるものではないので、聞くことができて私としてはよかったです。
内藤 2020年の夏頃は、クラシックの世界でも「配信をやろう」という方向に、ガっと動きました。国や兵庫県芸術文化協会などの助成も、「動画制作や無観客での配信に」ということで。動画をきっかけに、「クラシックがどこか敷居の高いもの」ではなくって、何か興味を持ってくださる方が増えていたとしたら、そこは「よかったな」と思います。
清水 はい。
内藤 今でこそ、「生のライブ」か「配信か」というところで、感染状況によって両方の選択肢が共存してきていますが、2020年は“生で聞いてもらう”っていうことに検討の余地がないくらいの空気だったので、配信の波に乗らざるを得なかったところがあります。
清水 なるほど。公演とか舞台芸術にもいろいろあって、音楽公演とそれ以外のアート活動とでは、ちがうということなんでしょうか。音楽の本質って…というところで。
内藤 そうですね、音楽のなかにもいろいろなジャンルがあって、特にクラシックは、「2,000人のホールでもマイクを使わずに響かせる」というもので、そのためのトレーニングを私たちは受けていますし、それでしか伝えられないところの音楽をしているので。なので、配信の収録の際も、まぁ…楽器の収録などもそうですが、マイクの種類とかでも音は全然違いますし、ひとつ、“機械というフィルター”を通すのに、それなりに歌い方を変えないといけない部分があります。
清水 へぇ。「生音」と「マイク有り」とのちがいがあるんですね。
内藤 そこをまず勉強しないといけなかったです。それに、どれだけ音響を整えたとしても、「その瞬間の音楽」っていうものがあって、例えば、フェルマータを伸ばす長さも、客席の空気とかお客さんとの波動みたいなものによって変化します。そこが、配信だとできない…。もちろん、配信動画を見る方も「これが本物」と思わず見てくださっていて、「やっぱり生で聞きたいからコンサートに来ましたよ」っていうお客さんも多いのでよかったんですが、一昨年の配信時は「これで伝わっている、これで充分と思われたらどうしよう…」という葛藤はすごくありました。
清水 クラシックもどちらかというと落語とか漫才みたいに、客席とのコミュニケーションが大事な公演なんですね。
内藤 空気ですね。本当に、間とか空気。

 

「歌付きのもの」「管楽器」は特に厳しい

清水 2020年の3月に県内で初めての新型コロナの感染者が出ましたが、その月の神戸市混声合唱団の演奏会も中止ということでしたが、その時期はどういう心境でいらっしゃったんですか。
内藤 バレンタインを超えてすぐくらいですかね、その時期は毎日、1日に何件も出演キャンセルの電話がかかってきたんです。一気に50~60件のキャンセルの電話があったので、電話が鳴り止まない状態で。
清水 ええぇっ。そんなに。
内藤 大きな公演だけではなくって、ロビーコンサートとか無料のものは特に中止になりましたし、学校公演など出向くものも中止…。その流れで、出演だけではなく合唱団の指導の仕事もキャンセルになっていった時は「ここまで来たか…」と思いました。「かかってくる電話は嫌な電話しかない」っていう状況で、1年間分くらいの仕事に一気に影響が出ました。
清水 すごく恐いですし、なんていうんでしょう、見通しも全く立たないわけで。
内藤 仕方がないんですけど、“歌もの”っていうのが厳しいですね。それまでは「オーケストラにゲストとして呼んでいただいて」っていう仕事が多かったんですけど、そういった演奏会も「歌のないものに変えます」っていう感じで。それは管楽器の方も一緒のことを言われていました。「歌付きとか、クラリネット、フルートが必要なプログラムは避けよう」となっていました。
清水 なるほど、管楽器と声楽家は特に…。
内藤 今は演奏会自体は「やれる限りやろう」という雰囲気になっているので、そこはありがたいんですが、歌とか管楽器のある演目を選ぶ確率は「以前に戻ったか」と言われると、まだ50%いかないくらいです。まだ、先は見通せていないですかね。
清水 はい。そう考えると、しんどい期間が長く続いているんですね。
内藤 そうですね。そういう意味では、やっぱりこの2年弱、モチベーションを保ち続けるのはしんどいです。「この練習をしてても、演奏会が出来るか分からないよね」っていう状態で練習をやっていたので。「今、やれることをやろう」と自分に言い聞かせてはいますけど、折れずにがんばり続けるのはすごく大変です。

 

いち音楽家から見て感じた「必要なこと」

内藤さんは、神戸市混声合唱団員としての活動とフリーランスの声楽家としての活動の両方がありますが、音楽家の多くが個人事業主というのが現状です。
そうした音楽家を含めコロナ禍の個人事業主を支える公的な支援には、経済産業省の「持続化給付金」(令和2年度)、文化庁の「文化芸術・スポーツ活動の継続支援」(令和2年度)、(公財)兵庫県芸術文化協会「芸術文化活動機会促進動画配信事業」(令和2年度)などがあり、後者の2つは活動費・制作費が助成されるものです。
複数の公的支援はありますが、いち音楽家から見て内藤さんは「コロナ禍、何が必要だ」と感じたのでしょうか。

内藤 今年度は、出演のキャンセルとなった場合の助成もあるように聞いたんですが、2020年の公的支援も、「活動費、経費、実費」に対してのものがほとんどでした。あと、自主企画に対して助成が出るものもあったのですが、私たち、なかなか自主企画のコンサートとかをすることってないので…。だからといって、「私たちの現状を分かってもらっていないな」とはなりませんが、“文化芸術活動”といっても、また“音楽家”といってもいろいろな活動形態の方がいるので、すごく難しい。
清水 なるほど。
内藤 今、関西で声楽をしている方で、歌うことだけで生計を立てている人はいないと思います。みんな、合唱団とか学校関係の指導をしている分が大きい。話を聞いていると、「オペラの主役」とか、「オーケストラと外国人指揮者のもの」とか、大きな公演にしか出ないような歌い手さんの方が出番がないらしいです、大きい公演自体が打てないので。私もそうですが、「合唱のエキストラとかロビーコンサートとかにも出ますよ」っていう方はまだ歌う場がありますが。
清水 なるほど。こういう先が見えない中で、「音楽家という人を支えるためには、どんな風に支えてもらったら一番ありがたかったんかな…」とすごい気になりました。
内藤 これは私の考えですけど、コンサートを行うのが難しいなかで、自主企画の催しを無理に打つことよりも、コロナがいつか収まって、普通に公演ができる時まで音楽を辞めないで続けることが出来るための助けの方が本当は必要だと思っています。
清水 はい。
内藤 公演をするとなると、お客さんにも無理をしていただくかもしれませんし、助成があるとはいえ配信となると機材を揃えないといけませんよね。それに、持続化給付金の時も、前年までの活動実績があった方はいただけましたが、学校を出てすぐの方は実績がないので申請ができなかったんです。助成に際して、そういったことは当然のことだと思いますが、「今からがんばろう」という若い子たちは救われていないなと感じます。
清水 「条件は必要だけれども、そうなると漏れる方が出てしまう」ということですね。
内藤 実際、私は今音楽を続けられていますけど、地方から出てきた若い音楽家で「もう諦めて、実家に戻ります」とか、留学を目指してがんばっていたけど「この業界には、未来がない」って判断して、音楽の道を諦めた方も多いです。自分も、音楽家として認めてもらえるまで長かったですし、それは当たり前なんですけど…。
清水 うわぁ。知らなかったです。
内藤 もし続けていて、その方達が本当に羽ばたくかは分からないですが、今、消えているそこの芽が、何年かした時に「声楽家、音楽家の人口がぐっと少ない時代」として現われると思うので、何か、そこは「辛いな」って思います。自分のことよりも。
清水 単純に、「収入が下がった分の補填」というより、「本当に下支えが必要な人への息継ぎ」というか、それが家賃なのか、レッスン代なのか、交通費なのか、人によって違うと思いますが。
内藤 そうですね。改めて、音楽って本当にお金かかりますね。

 

「練習では自分のものにしか触らない」。
徹底した感染症対策を

内藤さんがコンサートミストレスを務める神戸市混声合唱団は、国内では数少ない、プロの声楽家の合唱団です。コロナ禍での合唱の練習方法には、「他の模範となる立場ゆえの責任感」もあったのだそうです。

清水 混声合唱団は、一昨年、一旦活動が中止となったんですよね。
内藤 そうですね。一昨年の2月末から「しばらくお休み」となり、どんどんお休み期間も延びて、6月末くらいまで「自宅で勉強しておいてください」みたいな感じでした。
清水 練習を再開するのに、感染症対策のところって、どんな風にされてたんですか。
内藤 練習を始めるにあたって、全日本合唱連盟の出しているガイドラインを、そのガイドラインもバージョン1とか2とか改訂されていったんですが、それと、神戸市や兵庫県が出すガイドラインとを照らし合わせて決めていきました。30分に1回は換気、休憩。今までは1時間とか1時間半、通しでやっていたんですが、定期的に換気して、換気には必ず5分取って。

 

清水 歌う時はマスクはされるんですか。
内藤 歌う時はマスクをします。練習の時ももちろんです。それと、ガイドラインにはないけど独自で徹底しているのが、「椅子や譜面台は事務所の方たちが全部消毒をしている」というところです。自分たちでももちろん消毒はできるんですが、「合唱団員は自分のものだけしか触らない」という風に徹底されています。
清水 すごい。
内藤 最初の頃、不織布マスクにさらにフェイスシールドをして歌っていたら、みんな気分が悪くなっちゃって…。団員も半数ずつ練習するとか、「だんだん距離もこれくらいの距離なら大丈夫やな」って分かっていったんですけど、最初は「やり過ぎくらいやっておこう」ってやっていました。それは「自分たちのため」というよりは「自分たちのやり方を参考にされるみなさんのため」という思いもありました。
清水 なるほど、プロの合唱団としてのお立場が。
内藤 実際に「どうやって、対策をされていますか」ってお問い合わせもすごいありましたし、東京混声合唱団やうちの合唱団がどんなやり方をしているか、周りは見ておられるので。なので、「自分たちのやり方と同じやり方をされて、どこかの合唱団でクラスターが起こったりすることが絶対ないように」と思っていました。

©小澤秀之

 

清水 コンサートの時もマスクは着用ですよね。
内藤 今はいろんなマスクが開発されているので、主催者が「不織布で」と言われたら不織布マスクを着けますし、「透明シールドで」と言われたらそれを着けます。芸文センター(兵庫県立芸術文化センター)は、上に空調設備があるので、私たちは首にかけるタイプの扇風機を身につけたりということもありました。ただ、ベストなパフォーマンスはなかかなか…。
清水 「声を響かせる」って、そのために声量や響かせ方を極めていっておられるのに、「遮断」なんて、もう本当に…全然ですよね。
内藤 オペラで、上から被る透明マスクを着用してやってたりしたんですが、それでも「ガー」ってマスクが振動する音が邪魔して、本当になんていうか、「そのままの声が届く」ってなかなかできていないです。

 

合唱団が舞台に出てきただけで涙するお客さんも…。

清水 そう言えば、一昨年の初め神戸文化ホールに聴きに行ったコンサートがありますが、混声合唱団の方が歌っておられたんですかね、確か…「ベートーヴェンの森」の何回目かの…。
内藤 「第九」の時ですかね?
清水 あ、そうです、そうです!
内藤 ありがとうございます!
清水 実は、すでに聴いていたんですね、私。確かにみなさんマスクをされていた記憶がありますが、合唱団練習のお休み期間が終わり、いろいろ徹底して徹底して練習を再開された時の気持ちは、「やるっきゃない」なのか「ちょっとでも合同練習ができてよかった」のか、気持ち的にはどうでしたか。
内藤 本当に「歌えてよかった…」の一言です。発声練習してても泣けてきました。もちろん家で声は出していましたが、「隣から声が聞こえてくる状態で歌えるのって、こんなだったんやな」って。自分で思っていたよりも辛かったんだと思います。「一人で」じゃなく「リモートで」でもなく誰かとアンサンブルするっていう状況に、感情が「ブワーッ」と来ました。
清水 そんな心情だったんですね。コンサートが再開できた時は、どうでしたか。
内藤 お客様の前で歌えた時は、思っていた以上に来るものがあって。特に混声合唱団は、おじいちゃん、おばあちゃんファンの方がたくさんいらっしゃるのもあって、いつも同じ席で聴いてくださっているんですけど、その方たち、私たちが出てきただけで泣いておられて…。
清水 うわぁ。
内藤 さっきお話ししたように「配信に取って替わっちゃって『生は要らない』みたいに思われてないだろうか」とか「自分の存在意義って、何なんだろう」って不安になった時もあるので、「私たちが伝えたいと思うものを受け取って感動してくださる方がいるんだ」とか「『内藤さんの歌、楽しみ』って思ってくださる方がいる」とか信じられたので、「がんばろう」って。その瞬間を感じることができたからがんばれていますが、なかったらモチベーションが保てなかったと思いますね。

 

歌を始めるきっかけは「うたのおねえさん」

清水 ところで、内藤さんは、声楽家を目指されたのはどういう理由からですか。
内藤 私は最初、「うたのおねえさん」になりたかったんです、NHKの。
清水 あ、そうなんですか。
内藤 はい。それで、歌を習いに行った先生が音楽科高校の先生だったので、受験してから、バーッと歌の道を突き進んだ感じなんですが、やり出した時はオペラもクラシックも全然分からなくて。「オペラ歌手になりたい」と思って始めたんじゃないですが、ミュージカルも好きでしたし、高校、大学で観ることも多くなってきたりで、大学院はオペラ研究室に進みました。
清水 「うたのおねえさん」の夢は変わっていったんですか。
内藤 ある時「『うたのおねえさん』なるには東京の大学じゃないとあかんでぇ」って大阪の大学に入ってから言われて、「えーっ!!!」って。
清水 えーっ!
内藤 完全に私のなかでは一旦忘れて「声楽でいこうか」とやっていたら、いろいろな人のつながりがあって、最近、うたのおねえさんみたいなオファーをいただいているんです。「今、あの時の夢が叶った」って、うれしいです。
清水 すごいですね。どんなことをされているんですか。
内藤 オーケストラのこどもコンサートみたいな公演で、お話したり歌ったり、うたのおねえさん的なことをめっちゃさせていただいています。子どもの頃の夢やったんですけど、20年~30年経って夢が叶いました。かわいいですよ、子ども、無邪気で。

 

「必要とされている」と思うから

清水 新聞記事で、ちょっと拝見したんですけど、東日本大震災の被災地に行かれたりされたんですよね。
内藤 神戸市混声合唱団は、阪神・淡路大震災の少し前に発足しているので、震災を経験している先輩たちがたくさんいらっしゃって。毎年1月17日にはレクイエムを演奏したり、県公館で実施の追悼式典での合唱もさせていただいたりしているんですが、東日本大震災の時には仙台に行きました。神戸市混声として行かせていただいたものも他楽団に帯同して大船渡市(岩手県)とかへ行かせていただいたものもあります。
清水 特に傷ついた場面での音楽の力っていうのもあると思いますし、「会いに来ましたよ」「がんばってくださいね」と思う人がいるというメッセージもあると思います。土日にコンサートに行ったり、どこかの美術館のロビーで音楽が聞けたりっていうのと、被災地での音楽とはちょっと違いますよね。でも、じゃぁ長引くコロナ禍で「芸術文化って、いつまでこのままでいいの?」って感じる部分があり、「人類の長い歴史のなかで音楽ってどんな位置づけなんだろう」と考えるんですが、内藤さんは、そのあたりどう思いますか。
内藤 1.17の時にしても、東日本大震災のコンサートの時にしても、“実際に慰められているのは自分”という感じがすごくするんです。
清水 えっ。そうなんですね。
内藤 「レクイエム」とか「祈り」「エール」を届けるために演奏していますし、お客さんもきっと受け取ってくださっていると思うんですけど、それ以上に自分が救われていることの方が多くって。3.11の時に特に感じたのが“無力感”-自分は今、何もできないという感じ。東京はもちろん関西でも、どんどん音楽活動は自粛になりました、「今、華美なものは…」「音楽なんかしている場合じゃない」って。
清水 関西ででもですか。
内藤 はい。東日本大震災の後、演奏会はめっちゃ中止になったんですよ。「不謹慎だ」って言われてしまいまして。阪神・淡路の時に神戸市混声にいらっしゃった先輩たちは「1.17の時はもっとだったよ」「『こんな時に歌ってんな』と怒鳴られて帰ってきたこともある」って言われていました。“不謹慎”って言われることがめっちゃショックやったんです、「私らって要らないねんな」って。
清水 …。なるほど。
内藤 なので、被災地で演奏して感動してくださってることが分かるから、その時に自分が救われる-。今も多分同じで。もちろん音楽が好きで歌っているし、歌っていることは幸せなんですけど、「『ただ歌っていることが幸せなだけ』だったら音楽家として生きてはいない」と思うんです。自分で歌っていればいいだけなので。
清水 「趣味でもいいじゃないか」ってことですね。
内藤 そうです。そこを仕事として選んだのは、私の歌を聴いて喜んでくださる方がいらっしゃったり、「そこに自分の存在価値を見出したから」というところがあったりするので、今のコロナ禍にしても全部、多分、音楽は私の存在意義がそこにあるからというか…上手い言葉が思いつかないですけど。
清水 すごく分かります。
内藤 「必要とされているから」と思っています、自分の原動力は。被災地での演奏会がそうだったように、状況が少し落ち着いて演奏することができた時に、何か聴く人の心を動かすことができて、それが返ってきて、こちらも「心が動いた」っていうことが経験としてあるから、それまで時を待つしかないと思っています。「芸術は不要不急」って言われますし、私もそう思います。「命をかけてまで聴きに来てください」とは思いませんけど、でも、歌、音楽が、生きる糧になっている人もいると思うので、そこに自分の存在価値があると思っています。
清水 「声楽家としての音楽」は「社会に貢献できる何か」ということなんですね。
内藤 そこに尽きます。なので、いつか「マスクなしで直接お届けできる」「マスクなしのお客さんから反応を生で感じてコミュニケーションを取れる」。その日が来るのを信じて、あきらめずにがんばります。

©小澤秀之

 

 

「コロナ禍で活動の場を失う」ことがイコール「緊急時には不要」というメッセージとなって音楽家や芸術家に心にもやをかけていたとしたら、それは本当に悲しいことだなと思います。
「音楽には人を元気にする力が」「こんな時だからこそ音楽を」という考えそのものにはうなずけますが、では、「音楽活動は不要不急か」「生の演奏は不要不急か」と問われた途端、私の思考はフリーズ気味に…。演奏会が、「急ぎ」か「急ぎでないか」で言えば、急ぎではないかもしれませんが、生演奏の場を求めるのは、「聴く側」だけではなく、求められることを必要とする「音楽家も」ということは覚えておきたい。

 

内藤里美
大阪音楽大学大学院修了。飯塚新人音楽コンクール第1位、文部科学大臣賞受賞。数多くのオペラに出演し、NHK名曲リサイタル、兵庫県立芸術文化センターへの出演をはじめ、管弦楽曲のソリストとしても活躍中。兵庫県立西宮高等学校音楽科非常勤講師、神戸市混声合唱団団員。
オフィシャルサイト https://satotama411.wixsite.com/soprano

神戸市混声合唱団
https://www.kobe-ensou.jp/

 

取材 兵庫県広報専門員 清水奈緒美

お問い合わせ

記事についてのより詳しい情報や、画像の提供、転載等についてのお問い合わせはこちら。

なんでも聞いてね。