vol.025 疾病対策課(兼ワクチン対策課) 山本晃司さん「体制を作るということ」

3回目の新型コロナワクチン接種が始まっています。
1日千人、二千人という人数の予約を受け付け、安全に接種を行う体制をゼロから作るためには、一体どんな準備が必要だったのか。兵庫県大規模接種体制の立ち上げと運営の水面下を山本さんに聞きました。
県でも接種体制を整備することに
記憶にある方もいるかもしれませんが、2021年1月当初、ワクチンの接種にあたっては、医療従事者の先行接種は「国」が、医療従事者の優先接種は「県」が、それ以外の一般市民の接種は「市町」が行うよう示されていました。
県も、県内の医療従事者等18~19万人への接種整備を進めていた矢先の5月、「市町が実施する接種に並行して、その後押しとなる大規模接種を県が進める旨」が発表されたのでした。
清水 急に「県も大規模接種を実施する」となったのは、どういう経緯だったんですか。
山本 政府が「21年7月までに高齢者の接種を終わらす」と打ち出したものの、そもそもワクチン供給のめども立っていない状態で、接種率もまだまだという状況でした。「これからモデルナのワクチンの供給が見込める」という段階になりつつあり、「ワクチンを送るから、県もなんとか大規模接種の体制を!」という通知があったのが昨年の5月上旬。「7月までに高齢者への接種を終わらせないと…ということは、来月6月にはもう接種を始めないとけない!」と切迫感の詰まったところから始まって、なんというか、なりふり構えなくなりました。
清水 それは、例えると「青天の霹靂」なのか「予感が当たった」なのか、どうだったんですか。
山本 実は、なんとなく予知はしていました。
清水 えっ。そうだったんですか。
山本 はい。ですので、確か、通知が来るかどうかくらいのタイミングで、日本旅行(自衛隊による大規模接種会場の一部業務を受託)が導入している予約システムの会社に、「どれくらいの期間でできるものか」を電話で聞いていました。その会社も「他の自治体からも数件、同様のお問い合わせが入っています」と。ですが、やはり「短期間でシステムを作るのは難しい」という返答でした。
0からのスタート。その第一歩は
清水 やるということが決まって、まず何から始めたんですか?
山本 自衛隊実施の接種が始まろうとしていた時だったので、「どういう風に進めているのか」を聞いてみて、「まずは整備を進める組織がいる!」とすぐに組織作りを始めました。
清水 まずは、チーム作りから。
山本 はい。5月の時点で、「ワクチン対策課」はすでにありましたけど、進行していた「医療従事者優先接種」のワクチン輸送や医療機関との調整で手一杯で、みんな連日のように夜中まで働いていたのを知っていたので、「彼らにさらに負担をかけたらあかん」と。同じ健康福祉部内の小田副課長と相談しながら「どうやってやっていこうか」「どんな組織がいるか」と体制作りの検討を進めていきました。
大規模接種の整備には、先だって組織された「ワクチン対策課」に、大規模接種担当の参事らを筆頭とする大規模接種企画班・推進班25名ほどが加わり、ワクチン対策課は総勢約40名の組織に。メンバー構成としては、事務職員の他に、薬剤師、獣医師の県庁職員が在籍。他の課を兼務する職員がほとんどですが、この2つの班で、接種会場の運営、予約に関する調整、マンパワーとしての医療従事者の確保、国・関係市町・関係団体等との連絡調整、必要物資の調整等を行います。
清水 5月の中旬には組織ができた後、「箱物なのか」「マンパワーなのか」、まず何から進める必要があったんですか。
山本 全てです。全てを同時に進める必要がありました。会場、マンパワーの確保と、あと、運営事業者の選定もありました。医療従事者の確保は本当に大きな課題だったんですが、それと同じくらい大きなネックが、予約システムだったので、「予約システムを早期に対応いただけるところ」という決め手で事業者が決まっていきました。
清水 なるほど。会場決めはどのように?
山本 「1日千人」と見積もって、複数の会場の図面を広げながら、「広さはやっぱりこれくらい要るな」と、まず一定の広さがある会場を選定し、それと「2カ月間会場が使用可能」という条件を満たところとなると、そう候補はなく、最終的に西宮市立中央体育館とアクリエひめじに決定していきました。
当初「はがき」での申し込みを実施した数少ない自治体に
清水 私、記憶にあるんですが、当時は「予約方法にはがきがある」って、珍しい自治体だと思ったんですが。
山本 そうですね、他には聞いたことはなかったです。
清水 はがき予約を決めたのは、どういう理由からだったんですか。
山本 重症化リスクの高い高齢者の接種を早期に終えたい…。でも、全員がネット予約できる状況ではない…。そこで、「はがき」と「Web」の2種類を実施することにしました。
清水 システム上は、「はがきでの予約」と「Webでの予約」はどういう設定…というか、どういう内訳で枠を確保するんですか。
山本 最初は、はがき枠とWeb枠を半分ずつ確保していました。予約開始とともに、どっと千人くらいはがき申し込みがきたので、半分確保していてよかったです。それ以降は、ぱらぱらという感じでした。はがき予約に関しては、「あえて時間をこちら側で指定する」というやり方を取ったんですが、結果、その方がよかったのだろうと思います。
清水 やっぱり、自分の祖父母を想像すると、ネットなんて触ったこともないので、「はがきで申し込み&いついつ来てくださいと通知」のシステムはよかったのかもしれません。
山本 実際にコールセンターに「ネット見られへんねん」っていうお問い合わせがあり、「はがき付き申し込み書を置いていますので」と案内したこともありました。はがき申し込みが殺到したわけではありませんでしたが、ある種のセーフティネットになったのではないかなと思います。
清水 「はがき枠」は、予約が少なくなってくると、どうしていったんですか。
山本 はがき枠が空いてきたら、Web用の枠に変えて、警察官や教職員などの職域接種枠に変更していきました。
最大懸念の「打ち手と医師の確保」
清水 マンパワーの確保は、やはり大変でしたか。
山本 実は、大規接種会場の設置発表をした時点では、医療従事者はひとりも集まっていませんでした。そういった見切り発車でいっているのもありましたが、とにかく「なにがなんでも集めるぞ」っていう意気込みで、部長、局長など幹部が医師会へ行き、歯科医師会へ行き、看護協会へ行き…お願いをしてまわりました。
清水 そんなことがあったんですね。
山本 しかも、「単に集めればいい」というものではなく、市町が運営する会場のマンパワーを奪うことになってもいけなかったので、そこは注意をし、市町が声をかけている医療関係者には声をかけずに、ナースセンターで広く公募をかけたり、兵庫県歯科医師会に協力いただいたりして、潜在的なマンパワーを探していきました。打ち手の歯科医師さんは、必要なマンパワー20~30人に対して、ありがたいことに2000件くらいのお返事があり、逆にお断りをすることに。一方で、医師がなかなか見つからなかったです。
清水 そうだったんですね。
山本 「週1回なら行ける」「午前中、週2回なら行ける」という医師の先生もいらっしゃいましたし、県立病院や地元の神戸大学、兵庫医科大学の医師の先生にも来ていただきました。来てくださっていた医師のなかには、「これは国民のためだから、お金は受け取りません」と、ボランティアで来てくださった医師の先生もいらっしゃいました。
清水 すごい…。
そして、予定通り6月21日に県大規模接種がスタート
千人規模の接種会場を運営するのは、予診などを行う医師が1日あたり5名、打ち手として歯科医師10名前後、その補助の看護師や薬剤師が約40名に、保健師、県職員、その他運営スタッフ、計130名ほど。キャンセル対応や運営マニュアルの改変判断など会場の総括は県職員が、約60人に及ぶ医療運営陣をまとめる医療リーダーは県庁保健師が行う。
山本 開始前日の夜、「最後に、班全員で席上シミュレーションしよう」って言って、「まず、自分たちが医療リーダーや運営のオペレーションリーダーのみなさんに、ちゃんと伝達できるように」とシミュレーションしました。マニュアルは自分たちで作っていったんですが、それに沿って運営してうまく流れていくか確認をしました。
清水 当日まで予行演習をする日もないですもんね。
山本 そうですね。その前夜は深夜まで、みんなでドーナツをつまみながら盤上シミュレーションを重ねました。おかげ様で、初日の21日は大きなトラブルなく終えました。
清水 よかったです。
山本 ただ、やはり毎日千人の接種をすると、アナフィラキシーによる緊急搬送も、迷走神経反射によって血圧や脈拍数が下がったりする事案も確率的に一定数は発生します。そういう場合の対応マニュアルももちろん作っているのですが、そのマニュアルにも毎日、改善することは出てきます。「もっと、こうした方がいい」「ああしたらいい」って。
清水 へぇ。どういう意見ですか。
山本 最初の頃は、会場レイアウトに関する意見が多かったです。「車椅子が通れる幅に」とか「段差をなくした方がいい」とか。あと、「肩を露出するのでカーテンが要るな」とか「外国人の方も来られるので、外国人用の予診票見本を置いておこう」とか。
清水 なるほど。
山本 医療リーダーやオペレーションリーダーがそれぞれのチームの要望を聞いて、1日の最後に持ち寄って総括を行うんですが、今でこそ30~40分で終わりますが、最初の頃は、要望や意見が尽きなくて、2時間に及ぶこともありました。なかには、現場の医療関係者から、「手袋はこれがいい」とかいうリクエストがあったものの、医療物資もすぐに発注できるものと品薄なものがあるので、全部を改善できないということもありました。「いろいろ持ち寄って、変えられることは変える」の繰り返しでした。
災害対応の下地はあったのかもしれませんが、
やっぱり「人間関係」です
山本さんは、2021年4月から現職のワクチン対策業務と疾病対策、感染症対策業務にあたっています。感染症対策のキャリアがことさら長いわけではないそうですが…。
清水 山本さんの、「ここがネックになる」「ここはクリアできそう」と予測したり、瞬時に判断できたりするその災害対応にも近い感覚は、県庁人生のなかで、いつ培われたんですか。
山本 どうなんでしょう。入庁3~4年目、宝塚健康福祉事務所にいた頃、SARSが世界的に流行して、「日本にも来るかも」という危機意識で仕事していたことはありました。その後、経理に異動してから忙しいのにもすっかり慣れて。医療系の知識が増えたのが、医務課の企画調整班長をしていた時です。
清水 はい。
山本 その当時は、隣に医療体制班があり、その班では防災や災害医療をされていたんですが、2017年、台風21号の大雨で阪神地域も停電になり、「県立病院の電源どないすんや」「誰か行ってくれるんか」とか、災害対応に触れました。その少し前に、災害対応訓練に参加して、「大規模災害が起きたら、こんなことせんなあかん」と訓練したり、DMATの初動の速さとかを学んだりしていたので、もしかすると、災害対応の意識というか下地はそこでできたのかもしれないです。
清水 なるほど。同じ県庁の仕事でも、今のコロナ対策とかは、医療分野というより災害対応に近い気がします。なんというか、先も読めないですし、めまぐるしいですし、命に関わることなので何かあってはいけないですし。
山本 ただ、体制が整ったのも、周りの人間関係があってこそです。県庁人生も長くなってくると、ある程度「この人だから、この話ができて」という関係が出来てくる部分もあるので。社会福祉課のみなさんも、部内で職員応援をかけてくれたり、接種当日の残余ワクチンが破棄とならないように、接種の募集をかけてくれたり、健康増進課も毎日、保健師さんを応援で出してくれたり。多くの人の協力があって運営できているのは間違いないです。
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1日数十人というところから五千人というところまで、規模さまざまに大人数の接種が各所で行われているので、大規模な接種はことさら珍しいことでもないような気がしますが、前例のない、いわば道なきところにあっという間に道を作るためには、山本さんが語った以外にも、きっと多くの人の知恵や汗、経験が生かされたのだろうと推察します。
ワクチンと接種そのものに対する意見はさまざまにあります。ですが、絶対的な命題に向かって、「なんとしてでも集める」「間に合わせる」と体制を整えていった関係者の責任感は、ワクチン賛否の的に入ることなく、尊ぶべきものだろうと思います。
取材 兵庫県広報専門員 清水奈緒美